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朗読ライブ『温故知新』

(まだ未定の部分のありますが、随時更新していきます)

 

旗揚げ以来、主宰・藤田が紡ぐ言葉に拘ってきた迷子の遊園地が時代を越えて来た名作たちに公募で集った仲間たちと共に挑む

 

迷子の遊園地 朗読ライブ『温故知新』
2021年1月23日(土)24日(日)@鴨江アートセンター(104)

 

開演時間[23日]18時[24日]14時

料金前売[一般]2000円[25歳以下]1500円[20歳以下]1000円/当日[共通]2500円

当日券新型コロナ感染状況により販売しない場合あり

12月19日受付開始


構成・演出 藤田寛

出演 後日発表

上演作品 後日発表

 

公演サイト https://maigo.link/onko/


同時開催 絵画展『夕闇の観覧車#2』
会場に内に現・元劇団員による絵画作品を展示してお待ちしております 絵画展のみの観覧は無料

出展者、時間帯については後日発表

 

 

新型コロナウイルス(covid19)感染症対策について(11/21時点)

  • ご来場の際はマスク着用の上、入口にて検温、消毒を実施して下さい
  • 「はままつLINEコロナ身守りシステム」に登録頂くか、氏名・連絡先の提出をお願いします
  • 会場内は定期的に換気を実施しますので、温かな服装でご来場ください
  • 上記の含め、主催者側の感染対策にご協力頂けない場合は入場をお断り、退場願います

状況が変化により対策は変更する場合、中止や無観客配信となる場合があります。変更が生じた場合は当ブログはじめ公演サイトTwitterにて発表します


人は考える葦である・・・!?

「第三波」と言う事なのでしょう。新型コロナウイルスの陽性者判明数が増えて来ましたね。当地・浜松市でも34(11/18)、21(11/19)、14(11/20)と来まして17という数字が先ほど報道されました。大都市ほどの多きな数字ではないですし、右肩上がりではないですが、クラスターが複数発生したとの認定なのでその関連者の検査が進む事を考えると当面は同等程度の数字が続くのかなと思います。一方でクラスター関連以外の経路でも陽性判明が一定量出ていますので、"一部の問題"では無くなって来ているのかなとも思います。

 

― と、言う様な事を書いたのは、いま一度自分の中で「対新型コロナ(感染症)」を考え直そうと思っているからです。理由は単純。1月に朗読ライブを行う予定でいるから。今年は3月に演劇祭に参加し、その後7月8月と一人芝居をやったりもしましたが、幸運にも(推定ですが)感染する事もさせる事もなかったですが、その頃とは医学的にも経済的にも取り巻く状況は変わっているので同じ様にはとはいかないでしょうからね。

 

感染するか否かは「そのにウイルスがいるか否か」でしかないと個人的には思っています。だから"いる"場合に感染の可能性を下げる方法を実施なければならない、と。存在が不明なら"いる"前提が最善策だと、思っています。ですから先に書いた時に「感染がなかった」のは対応策が功を奏したわけではなく、単にウイルスが"いなかった"だけとも考えられるわけです。

 

個人的には"いなかった"と思っています。なぜなら、"いる"場合に感染の可能性を下げる事は出来てもゼロには出来ないわけですし、限りなくそのゼロに近づけなければならない場所・人(医療関係)と講じている対策の差は雲泥だからです。着用の仕方も含めたマスクの質、実施の方法・頻度を含めた消毒の質…やっていると、より効果的に精度高く実施しているとでは効果は異なるはずです。

 

何が言いたいかと言えば、"たまたまいなかった"という幸運を対策の成果と勘違いしてはいけないな、と言う事です。判明数だけを見ればウイルスが"そこにいる"という可能性は高くなってきているわけで、そうそう幸運には恵まれないという状況なのでしょうが、一方で……

 

疑われる症状がなければ検査対象にならなかった一波、クラスターに網を広くかけた二波、民間医療機関での自主検査も増えて来た三波…検査体制も異なっているので本当に感染者が増えているのか?という疑念もあります。数字は数字。その読みとり方次第で意味はどうにでも変わってしまいます。

 

私個人の感染云々だけを考えれば、実際にも増えている、実際は大して増えていない、好きな方を信じるでしょうが、イベントを主催する身となると個人的な"好き"を言ってはいられない。

 

不特定多数が使用する公共施設での稽古、人が集まっての稽古を経て、人を集めての本番となるわけで、常に人との接点・接触がついて回ります。出演者は同然に稽古以外の社会生活があり、その中で接点・接触がついて回ります。昨日と今日、同じ人間が集まっても、同じ状況でない可能性があるわけで、なおかつ新型コロナは潜伏期間がながく、発症前・無症状でも感染力を持つと言われていたりしますから、感染しない!させない!を考えれば接点・接触を持たないしかないわけです。

 

― それならはやめるか?

 

春とも夏とも変わらないのはこの自問です。ですが、その経験もあっての"やる"なので、今はこの問いの重要さを心にとどめつつも"やる"という方法を探さなくてはいけない。最終的に中止となっても、この模索の経験はこの先の活動や人生にとって無意味ではないでしょう。機械的にまたは感覚的に中止としてしまっては今を生きている意味さえ失ってしまう様な気がします……と言いつつ、そんな言い回しは方便だ、という思いも……

 

人は考える葦である ― 有名な言葉だが、最近は事あるごとにこの言葉が頭に浮かぶ。

 

人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかで最も弱いものである。だが、それは考える葦である。彼をおしつぶすために、宇宙全体が武装するには及ばない。蒸気や一滴の水でも彼を殺すのに十分である。だが、たとい宇宙が彼をおしつぶしても、人間は彼を殺すものより尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ねることと、宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。宇宙は何も知らない。

 

 だから、われわれの尊厳のすべては、考えることのなかにある。われわれはそこから立ち上がらなければならないのであって、われわれが満たすことのできない空間や時間からではない。だから、よく考えることを努めよう。ここに道徳の原理がある。
??パスカル、『パンセ』、前田陽一、由木康訳(wikipediaより)

 

これもまた知っているようで知らない、わかっているようでわかっていない言葉。無知を知り未知に向かう……ずっと不安は付き纏っていたし、これからもそれは変わりようはない。結局、ずっと、迷子……のままだ。


11月20日締切 朗読ライブ出演者募集

迷子の遊園地朗読ライブ【温故知新】
2021年1月23日(土)・24日(日)10時〜17時/鴨江アートセンター[104]

開演時間未定(各日2公演計4公演を想定)

 

上記公演に出演して頂ける方を募集します。

時代を越えて残ってきた名作たちに今を生きる私たちの感性を織り込ませ、一作を一人でと言う形には拘ることなく様々な形態で実現したいと考えています

 

【募集要項】
募集内容…【温故知新】への出演者(朗読者)
 出演決定までの流れ:エントリー>ワークショップ>決定
 両日出演が原則ですが、1日のみの参加もご相談に応じます

条件…15歳以上の男女
 18歳以下は要保護者同意書
 未経験可、但し40歳以上は要舞台経験

応募人数…最大5名

費用など…参加費・チケットノルマなし/キックバックあり
 衣装代の負担をお願いする場合があります

稽古日…主に水・土・日

稽古場所…主に浜松市内の協働センター(西部・東部・曳馬) など

締切…2020年11月21日(土)

応募方法…劇団ウェブサイトお問い合せ]よりご連絡ください(ご質問もお気軽にどうぞ)
 

朗読作品は著作権の切れた短編小説、童話、随筆などから参加者確定後に決定致します(提案歓迎)また全体の構成・演出は迷子の遊園地主宰の藤田寛が担当させて頂きます

 

【予めご了承下さい】
今回の募集でこちらが想定する最低人数が集まらなかった場合は企画自体を中止とします(←回避できる模様)

 

【感染症への対応
稽古は基本的対策(換気、消毒、マスクなど)をし対面形式を想定しています。しかし、感染状況の変化には柔軟に対応し、場合によりリモート稽古を行う場合もあいます。本番に関しては参加者間で協議し決定致します


空白の時間に

最近はすっかり文章を書くという行動から遠ざかっている。blogもnoteも更新がさっぱりでTwitterでさえも告知くらいだ。手
書きでノートに何かを書きとめているなんてことのない。こんな時間いつ振りだろう。

 

実は2週間ほど前に「そろそろ」と以前から構想していた江戸川乱歩の短編作品を下敷きにした戯曲を書き始めようよ思ったの
だが、その熱は火を起こすまで上昇はしなかった。公演が控えているわけもないので、その事に焦りはない。それどころかむし
ろ気持ちを落ち着かせて置ける。

 

何かを書くと言う事は、創作すると言う事は、神経を張り詰め、頭も心もその事でいっぱいにする。ワクワクもあるがそれ以上
のジリジリとした緊張がある。相当のストレスなのだ、と気が付く。それを"あたりまえ"と思って取り組んできた時は大して気
にならないが、こうして離れてみるとそれは本当に相当だ。

 

それに気付いてしまった以上、再びそのストレスに立ち向かうのは以前以上の熱が必要で、それを上昇させ維持させるモチベー
ションも必要だ。多分、当面それは得られる感じがしない。

 

『藤田は終わった』― そんな事を耳にした。それは当人がもっとも感じている事である。それを何かの発見や指摘のように発
したのなら、そもそも藤田なる者をわかっていないのだから、気にはならないのだが、問題は『終わった』ままでいいのか?と
言う事である。今のところの答えは「それいいだろう」だ。

 

例え大きいとしても演劇や芸術は私を形成している無数の面の一面でしかない。それだけで「藤田」が成立しているわけではな
い。むしろある一面が「終わる」ことで他の一面が広がる。その為の熱とモチベーションが生じるかもしれない。なにより「終
わらない」と「始まらない」のある。

 

『日常を取り戻したい』― その思いは私にもあるが、それでも2019年までの自分を取り巻く環境、社会情勢それらは決して満
足いっていたものではなかった。満足いっていなかった要因は己にあったわけで、それを見誤ってはならないし、忘れてはない
らない。何でもカンでも"流行病"のせいではない。だから「戻る」よりは「始めたい」が強い。

 

兎に角、今は「終わり」と「始まり」の間にいる。来年1月に朗読ライブをやる事にしたが、既成の文章を扱い、新しい人と創
作する。そんな事から"きっかけ"を掴めたらと思う。
 


楽しい、を求める人を求める

いま出演者募集中の朗読ライブ【温故知新】についての想いを書きたいと思います。参加に興味を持たれている方の参考になれば幸いです。


これをやろうと思った直接のきっかけは「朗読と演技」をテーマに行った劇団のワークショップにあります。一度目は北大路魯山人の「茶漬けの話」、二度目は梶井基次郎の「桜の木の下には」をテキストとしたそれで、朗読のする事の面白さ、楽しさを見たわけです。例えば、魯山人の随筆が学生の研究発表に、ある時代のサロンにおける議論に、梶井の短編はより精神的な内面を旅する物語として変容していった。その過程も含め私は久し振りに演じる側ではなく観る側としての楽しさを感じ、興奮を覚えたのです。

 

参加者と私、そしてテキスト。その日その時の組み合わせで生まれたその楽しいをもっと体感したいと求め、それをより多くの人に体感してもらいたいと思ったのです。自分の拘り、時にエゴとも言えるそれらはひとまず置いておいて偶発的に起きたそれを観て頂きたいと思ったのです。

 

これまでの私であれば、そんな楽しい事も『ワークショップ内(稽古場)での楽しみ』と言う事にして、演技のアプローチとして参加者個々がその体験を活かしてくれればそれでよく、公開することには消極的だったが、今回は違ったと言うわけです。

 

多分それは、いまこの時代に「楽しい」が足りていないから、とちょっと大袈裟ですがそんな事を感じているからかも知れません。少なくとも、いま私に「楽しい」が足りていないからは確かで、これまで自分が消極的であった事の中にも実は私の楽しいはあるのかも知れないと、いま一度様々な前提なしに探してみようと思ったのです。

 

ですから、今回の朗読ライブ【温故知新】では『こういう事をやります!』という明確な"答え"はいま現在持ち合わせていません。読む作品も決まっていません。全ては参加者が確定し、集って、声を交えてからなのです。その中でそれぞれの「楽しい」を探し合って、影響し合って、今回集った座組みとしての「楽しい」を披露出来ればと思っています。

 

出来上がるものが、朗読か演劇か表現か、何と呼ぶべきものなのか……そんな事もわかりませんし、まあ定めなくともいいと思っています。それでも一歩目は朗読からなので「朗読ライブ」と呼ぶ事にしました。それが二歩三歩四歩……と歩みを進めどのように変容していくか、今回はそれをどんな人たちと共に体感できるのか、楽しみです。そして何より、「楽しい」が生まれるその瞬間を最も早く最も近くで観られる事が楽しみです。

 

 

いま、一緒に『楽しい、を求める』人を求めています!


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