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愛と誤解

明らかに不満を抱いているのに、それを垂れ流す空気を纏っているのに、それを口にする事はない。いや、出来ないのか。そんな集団をつくってしまっった。質は違うかもしれないが、昨今話題のスポーツ団体と変らない。

それを作って来た者が、それを改善することが出来るのだろうか?
「役職停止」「辞任」「永久追放」……昨今話題のスポーツ団体でならそんな言葉が飛び交う。それが"常識"それが"社会通念"。やはり創造者は破壊者にはなり得ないのか?改革は断行できないのか?ならば……。
愛されているという自覚を持つことで、大切なモノを見失ったのかもしれない。またはその愛を誤解してしまったのか?
永遠に解けない謎かもしれないが、だからと言って逃げるわけにはいかない。例え、ひとりで、だとしても。

落胆とその先

それは"小さな"事だった。"伝わる演技"でも"震える演技"でもなく"奇跡"には程遠い。それでも微かにだが確実な変化があった。
僕はそれを見て言った。「いま、少し良くなったけどわかった?」しかし反応がなかった。

 

もしかしたら「どう変化をしたか?」を考えたのかもしれないが、僕は常に言っている。「質問には単純に答えよう」と。つまり答えるのは"わかった"か"わからなかった"か、だ。「どう変化をしたか?」はその次、その時点では問うてはいない。"わかった"のなら問うだろうし、"わからない"のであれば説明する。"先まわり"は求めていない。

 

そして、目の前のひとりの人間の行為に対し自身が"感じた"か"感じなかった"の話しで、それは"考える"ことではない。満月を見上げて「綺麗だ」と考えてから答えるわけではない様に、熱くも冷たくもないコーヒーを飲んで「まずい」となる様に、だ。

でも「いま、少し良くなったけどわかった?」に即反応がなかった。これが哀しかった。情けなかった。

 

目の前のひとりの人間の行為に対し、素直な反応が出来なくて何が演技だ、何が役者だ!なのである。"考える"と言う行為が必要なら、それは"わからない"なのだ。それならそれでいい。問いかけに対する答えとして成立している。もし"わからない"自身を「恥ずかしい」と思ったり、「わかった言わないといけない」という思いが巡ってそれが"考える"行為へと繋がったのなら、その先に出来る物は問いかけへの答えではない。そんな事は散々と言って来た。

 

それでも、「いま、少し良くなったけどわかった?」に即反応がなかった。

 

目に前のひとりの人間の行為に興味がないのか?自身の演技以外に興味はないのか?僕の発する事に興味がないのか?自身の感覚を晒す事が恥ずかしいのか?

 

思い当たる「即反応がなかった理由」をあげて、また哀しかった。情けなかった。

 


僕自身にも経験があるからわかる。質問に対し常に本音とは限らない。幼いころなど"ほぼ嘘"だった。「求められている回答」を返し、良い子でいようとしたり、その場を終わらせようとした。少し大きくなると全くの嘘ではなく"言い換え"というテクニックを身につけ、あえて解釈の余地を残したりもした。空返事は当然。知っているフリも分らないフリも。あらゆる事を駆使して「質問者の意を害さない」事に心血を注いだ。

 

そんな経験値があるから、その手の行為には騙されない、踊らされない。なにより、それらが演技にどれだけマイナスかを身にしみて理解して来た。だから、発声よりも歩き方よりも台本の読み方よりも、自身の反応や感情に素直になる事。それをモノにするために時間を費やして来た、はずだった・・・・・・。

 

職場や学校、家族や友人の前では自分を"装う"必要があるかもしれない。「自身の意見を持ち、主張する」が独り立ちの試金石ではないのがこの国の文化である以上、「本音」は言う事以上に、受け止めてもらう事が困難だ。だから"空気を読む力"も"忖度"も不要!とはいわない。でも、舞台では、稽古場では、劇団と言う人の歪さ、卑しさ、醜さ、愚かさ、弱さ……それらを晒し、受け止め、その美しさを表現する空間にあっては不要である!ここでだけは!!自分が心を開けないで、客席に座る初対面の人の心をどうして開く事ができる?それがなくて何を伝えられる?なにを受け止めてもらえる?

 

僕が欲しい答えは"わかった"ではない。"わからなかった"でもない。自身が感じた事。だってそうだろ?自身が演技をして、それを観た者に聞きたいのはそれだろ?中身のない「良かったよ」など不要だろ?

 


それでも当人たちが「なぜ答えられなかったのか?」と悔やんでいる事もわかっている。"自分を装う""質問の先回りをする"自身の自由意思、自由選択の結果でないこともわかっている。それにより自身が苦しむ事に理不尽を感じるだろう、苛立ちも、憤りもあるだろう。

 

それでいい。それごとでいい。それこそ自身の自由意思、自由選択の結果、だ。もうそれを殺さなくていい。生かせ!生きろ!まずはその姿を舞台に晒して、観てもらおう。


8月7日よりクラウドファンディング開始

 

9月2日 達成率50%!!ありがとうございます!!

プロジェクトページの「アップデート」では劇団員の決意表明掲載中!!

引き続きの応援、お願いします!!

 

”いま”を生きる事に喘ぐ人々を描く実像劇!
「迷子の遊園地」初の東京公演製作支援プロジェクト


東京公演【離々として連々】(2018.12.1-2@SUBTERRANEAN)に向けて、迷子の遊園地では初となるクライドファンディング

 

9月28日23:59まで

https://motion-gallery.net/projects/maigo2018

 

 

ゴールではなく、スタート―

20周年記念公演はそれまでの集大成と位置付け自分が育ち、迷子の遊園地を育ててもらった地で公演を行いました。そこにあったのは感謝。自分を劇団主宰者として存在させ続けてくれた劇団員、甘えに弱音、失望も、一度の解散もあった中でも作品を待っていてくれる観客。交わった全ての人々への感謝。そして「その感謝の証として、皆さんが育ててくれたこの劇団を一つでも多くの地で、一人でも多くの人に知ってもらう」という新たな決意。

 

 

なぜ東京なのか?―

今公演は言うなれば二度目の旗揚げ「始めの一歩」です。どうせならば大股で!と。だから東京です。「分母がデカくて、多様な大都市」では簡単に埋もれてしまうかも知れないけれど、一人でも多くならば!と。だから東京です。田舎者なので正直"トウキョウ"というブランドには弱く、個人的には"リベンジ"の想いもありますがそれより勝るのは。この20年共に迷いながらも諦め悪く戦ってきた仲間と見たい。「地方都市でもやっていけるんだ」とこの劇団を信じて諦めかけた夢を追う仲間に見せたい。「まだ見た事ない景色」へ、いま自分たちが何処に立っているのか!だから人、物、文化……全てが集まる地で"自分たちの物語"を体感して頂きたいのです。

 


私たち「迷子の遊園地」は無名の演劇人の集団ではありますが、日々演劇に向き合い、演劇人としてこの地で生き、創作しています。一人でも多くの皆様と「自分たちの物語」を作り上げられるようご支援いただければと思います。


誕生祭を終えて 感謝のしるし

回転木馬の残光 -SHIEN- ご来場頂き、ご支援頂き、メッセージをお贈り頂き、ありがとうございました。Pops倶楽部リリーさん、いつも勝手をやらせて頂き(笑)ありがとうございました。「主宰誕生祭」と銘打った今回、皆さまのお陰でとてもハッピーな誕生日を過ごす事が出来ました。

 

回転木馬の残光 -SHIEN-自体がそうではありますが、これまでの迷子作品とは異なるテイストの事に挑戦する!がメインテーマです。それは書き手も演者も。今回は特に”誕生日”ということに甘え、便乗し”楽屋芸”をお披露目しました。


「恥かいてナンボ」「失敗してナンボ」を実践し、若い面々が何かを感じてくれればいいかと・・・終演後のお客さんの厳しくも温かい言葉に成長のキッカケを見つめてもらえればいいかと・・・そんな想いで個々の想いや感性に任せての作品・・・正直「作品」と呼ぶには余りにも拙いものだったかもしれません。もしかしたら「コレをやるならもう迷子は観ない」と思われた方の居るかもしれません。その覚悟は持っての「試演」です。

 

「迷子の遊園地に居れば」「藤田の演出を受けて居れば」それで何処かに辿り着ける勘違いをして欲しくない。「自らの足と手で這いつくばらないと置いて行かれる」と理屈でなく皮膚感覚で知ってほしかった。この歳です。自分が祝ってもらうだけの誕生日ってことはなく、主宰が自らの誕生日に送った劇団員への”贈り物”でもあります。

 

結果は・・・これからです。願わくば、無自覚の域で何かを感じ取り、それが役者としての生活の日々の中で覚醒していくことを願います。その瞬間を見られる事を期待しています。それが僕への”誕生日プレゼント”となるのです。

 


劇中で台本にない言葉を語りました。僕と言う人間を知らないと何を言っているのかわからない、そんな事であったかもしれません。客を入れた状態の舞台上から劇団員にある種の”ダメ出し”を送るなどは禁断、愚の骨頂かもしれません。だからこそ、そのリスクを取ってでも伝えたかった事なのだとお客様には理解してもらえると嬉しい。(誕生日に甘えて)

 

兄や姉の存在に隠れ安心し、一方で自分は”愛されない者”と人の愛情に不感になっていた僕に「それでは私たちの存在は無意味ですか?」「他者と向き合いその先に”私”が存在し得るなら、アナタは誰と向き合っているのですか?」と問いかけて来た者たち。今回の「誕生祭」とその上演作品「すてきな秘密」「ラスト・バースディ」これが回答であり、今なお共い闘ってくれる感謝のしるし。

 


また一つ歳を重ねて思う事は・・・「辛い事はある、人生だもの。それでもやはり全ては生きていてこそ」と言う事。そして、今日も生きている。これからもこの馬鹿者の生き様を、時折々にご確認ください。

 

迷子の遊園地 主宰・藤田ヒロシ(誕生日の夜を越えて)

 

リリーさん!ケーキありがとう!!

 

 


8月のSHIENは「主宰誕生祭」

8月のSHIENは「主宰誕生祭」 嫌な事も辛いこともありました。人生だもの。それでも此処まで生きて来た。"44歳"になる藤田がやりたい放題にお送りする"死と幸せ"を噛みしめる宴。

 

回転木馬の残光 -SHIEN-

日時:2018.8.30(thu) Pops倶楽部 
OPEN 19:00/START 20:00

※上演時間:60分弱(予定)

料金:投げ銭+ワンドリンク500円
予約不要

 

【上演作品】
「すてきな秘密」 幼い頃の藤田が"愛読"した「すてきな三にんぐみ」を下敷き書き下ろした迷子の遊園地×童話の第三弾
「ラスト・バースディ」 これまでに北澤さおり、辻ゆう子の二名が挑んだ一人芝居「あと少しの、絶望」を下敷きにした新たな"姉妹"の物語

 

作・演出:藤田ヒロシ/出演:藤田ヒロシ 水野史奈子 宮本あゆみ ハヤシ・リンコ

 

リアルに誕生日です。だから誕生祭です。

ガラガラだと凹むんで、可能な限り仕事などを放り投げてご来場下さい。(藤田ヒロシ)

 


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