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人は考える葦である・・・!?

「第三波」と言う事なのでしょう。新型コロナウイルスの陽性者判明数が増えて来ましたね。当地・浜松市でも34(11/18)、21(11/19)、14(11/20)と来まして17という数字が先ほど報道されました。大都市ほどの多きな数字ではないですし、右肩上がりではないですが、クラスターが複数発生したとの認定なのでその関連者の検査が進む事を考えると当面は同等程度の数字が続くのかなと思います。一方でクラスター関連以外の経路でも陽性判明が一定量出ていますので、"一部の問題"では無くなって来ているのかなとも思います。

 

― と、言う様な事を書いたのは、いま一度自分の中で「対新型コロナ(感染症)」を考え直そうと思っているからです。理由は単純。1月に朗読ライブを行う予定でいるから。今年は3月に演劇祭に参加し、その後7月8月と一人芝居をやったりもしましたが、幸運にも(推定ですが)感染する事もさせる事もなかったですが、その頃とは医学的にも経済的にも取り巻く状況は変わっているので同じ様にはとはいかないでしょうからね。

 

感染するか否かは「そのにウイルスがいるか否か」でしかないと個人的には思っています。だから"いる"場合に感染の可能性を下げる方法を実施なければならない、と。存在が不明なら"いる"前提が最善策だと、思っています。ですから先に書いた時に「感染がなかった」のは対応策が功を奏したわけではなく、単にウイルスが"いなかった"だけとも考えられるわけです。

 

個人的には"いなかった"と思っています。なぜなら、"いる"場合に感染の可能性を下げる事は出来てもゼロには出来ないわけですし、限りなくそのゼロに近づけなければならない場所・人(医療関係)と講じている対策の差は雲泥だからです。着用の仕方も含めたマスクの質、実施の方法・頻度を含めた消毒の質…やっていると、より効果的に精度高く実施しているとでは効果は異なるはずです。

 

何が言いたいかと言えば、"たまたまいなかった"という幸運を対策の成果と勘違いしてはいけないな、と言う事です。判明数だけを見ればウイルスが"そこにいる"という可能性は高くなってきているわけで、そうそう幸運には恵まれないという状況なのでしょうが、一方で……

 

疑われる症状がなければ検査対象にならなかった一波、クラスターに網を広くかけた二波、民間医療機関での自主検査も増えて来た三波…検査体制も異なっているので本当に感染者が増えているのか?という疑念もあります。数字は数字。その読みとり方次第で意味はどうにでも変わってしまいます。

 

私個人の感染云々だけを考えれば、実際にも増えている、実際は大して増えていない、好きな方を信じるでしょうが、イベントを主催する身となると個人的な"好き"を言ってはいられない。

 

不特定多数が使用する公共施設での稽古、人が集まっての稽古を経て、人を集めての本番となるわけで、常に人との接点・接触がついて回ります。出演者は同然に稽古以外の社会生活があり、その中で接点・接触がついて回ります。昨日と今日、同じ人間が集まっても、同じ状況でない可能性があるわけで、なおかつ新型コロナは潜伏期間がながく、発症前・無症状でも感染力を持つと言われていたりしますから、感染しない!させない!を考えれば接点・接触を持たないしかないわけです。

 

― それならはやめるか?

 

春とも夏とも変わらないのはこの自問です。ですが、その経験もあっての"やる"なので、今はこの問いの重要さを心にとどめつつも"やる"という方法を探さなくてはいけない。最終的に中止となっても、この模索の経験はこの先の活動や人生にとって無意味ではないでしょう。機械的にまたは感覚的に中止としてしまっては今を生きている意味さえ失ってしまう様な気がします……と言いつつ、そんな言い回しは方便だ、という思いも……

 

人は考える葦である ― 有名な言葉だが、最近は事あるごとにこの言葉が頭に浮かぶ。

 

人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかで最も弱いものである。だが、それは考える葦である。彼をおしつぶすために、宇宙全体が武装するには及ばない。蒸気や一滴の水でも彼を殺すのに十分である。だが、たとい宇宙が彼をおしつぶしても、人間は彼を殺すものより尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ねることと、宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。宇宙は何も知らない。

 

 だから、われわれの尊厳のすべては、考えることのなかにある。われわれはそこから立ち上がらなければならないのであって、われわれが満たすことのできない空間や時間からではない。だから、よく考えることを努めよう。ここに道徳の原理がある。
??パスカル、『パンセ』、前田陽一、由木康訳(wikipediaより)

 

これもまた知っているようで知らない、わかっているようでわかっていない言葉。無知を知り未知に向かう……ずっと不安は付き纏っていたし、これからもそれは変わりようはない。結局、ずっと、迷子……のままだ。


空白の時間に

最近はすっかり文章を書くという行動から遠ざかっている。blogもnoteも更新がさっぱりでTwitterでさえも告知くらいだ。手
書きでノートに何かを書きとめているなんてことのない。こんな時間いつ振りだろう。

 

実は2週間ほど前に「そろそろ」と以前から構想していた江戸川乱歩の短編作品を下敷きにした戯曲を書き始めようよ思ったの
だが、その熱は火を起こすまで上昇はしなかった。公演が控えているわけもないので、その事に焦りはない。それどころかむし
ろ気持ちを落ち着かせて置ける。

 

何かを書くと言う事は、創作すると言う事は、神経を張り詰め、頭も心もその事でいっぱいにする。ワクワクもあるがそれ以上
のジリジリとした緊張がある。相当のストレスなのだ、と気が付く。それを"あたりまえ"と思って取り組んできた時は大して気
にならないが、こうして離れてみるとそれは本当に相当だ。

 

それに気付いてしまった以上、再びそのストレスに立ち向かうのは以前以上の熱が必要で、それを上昇させ維持させるモチベー
ションも必要だ。多分、当面それは得られる感じがしない。

 

『藤田は終わった』― そんな事を耳にした。それは当人がもっとも感じている事である。それを何かの発見や指摘のように発
したのなら、そもそも藤田なる者をわかっていないのだから、気にはならないのだが、問題は『終わった』ままでいいのか?と
言う事である。今のところの答えは「それいいだろう」だ。

 

例え大きいとしても演劇や芸術は私を形成している無数の面の一面でしかない。それだけで「藤田」が成立しているわけではな
い。むしろある一面が「終わる」ことで他の一面が広がる。その為の熱とモチベーションが生じるかもしれない。なにより「終
わらない」と「始まらない」のある。

 

『日常を取り戻したい』― その思いは私にもあるが、それでも2019年までの自分を取り巻く環境、社会情勢それらは決して満
足いっていたものではなかった。満足いっていなかった要因は己にあったわけで、それを見誤ってはならないし、忘れてはない
らない。何でもカンでも"流行病"のせいではない。だから「戻る」よりは「始めたい」が強い。

 

兎に角、今は「終わり」と「始まり」の間にいる。来年1月に朗読ライブをやる事にしたが、既成の文章を扱い、新しい人と創
作する。そんな事から"きっかけ"を掴めたらと思う。
 


楽しい、を求める人を求める

いま出演者募集中の朗読ライブ【温故知新】についての想いを書きたいと思います。参加に興味を持たれている方の参考になれば幸いです。


これをやろうと思った直接のきっかけは「朗読と演技」をテーマに行った劇団のワークショップにあります。一度目は北大路魯山人の「茶漬けの話」、二度目は梶井基次郎の「桜の木の下には」をテキストとしたそれで、朗読のする事の面白さ、楽しさを見たわけです。例えば、魯山人の随筆が学生の研究発表に、ある時代のサロンにおける議論に、梶井の短編はより精神的な内面を旅する物語として変容していった。その過程も含め私は久し振りに演じる側ではなく観る側としての楽しさを感じ、興奮を覚えたのです。

 

参加者と私、そしてテキスト。その日その時の組み合わせで生まれたその楽しいをもっと体感したいと求め、それをより多くの人に体感してもらいたいと思ったのです。自分の拘り、時にエゴとも言えるそれらはひとまず置いておいて偶発的に起きたそれを観て頂きたいと思ったのです。

 

これまでの私であれば、そんな楽しい事も『ワークショップ内(稽古場)での楽しみ』と言う事にして、演技のアプローチとして参加者個々がその体験を活かしてくれればそれでよく、公開することには消極的だったが、今回は違ったと言うわけです。

 

多分それは、いまこの時代に「楽しい」が足りていないから、とちょっと大袈裟ですがそんな事を感じているからかも知れません。少なくとも、いま私に「楽しい」が足りていないからは確かで、これまで自分が消極的であった事の中にも実は私の楽しいはあるのかも知れないと、いま一度様々な前提なしに探してみようと思ったのです。

 

ですから、今回の朗読ライブ【温故知新】では『こういう事をやります!』という明確な"答え"はいま現在持ち合わせていません。読む作品も決まっていません。全ては参加者が確定し、集って、声を交えてからなのです。その中でそれぞれの「楽しい」を探し合って、影響し合って、今回集った座組みとしての「楽しい」を披露出来ればと思っています。

 

出来上がるものが、朗読か演劇か表現か、何と呼ぶべきものなのか……そんな事もわかりませんし、まあ定めなくともいいと思っています。それでも一歩目は朗読からなので「朗読ライブ」と呼ぶ事にしました。それが二歩三歩四歩……と歩みを進めどのように変容していくか、今回はそれをどんな人たちと共に体感できるのか、楽しみです。そして何より、「楽しい」が生まれるその瞬間を最も早く最も近くで観られる事が楽しみです。

 

 

いま、一緒に『楽しい、を求める』人を求めています!


「生まれ変わった」ような気持ち

昨日noteで「演劇より大事なものを」と題して近況を書きましたが、そこにもある通りある事に時間を費やしています。そのお陰で最近は心穏やかな日々で、かなり大袈裟ですが(笑)「生まれ変わった」ような気持ちでいます。ということで、これまでに言って来た事がチャラにならないかと期待しています(笑)

 

『変わらない男』―このコロナ禍で変容する社会の中で「これまでやてきた形」に拘り、やり続け、それが新しい時代に拒まれるならそこまで。そんな事を此処にも書きましたが、今は全く異なった思いでいます。とはいえ、それを明確な言葉にして此処で書くにはもう少し育みたいと思います。

 

それでもこれだけは言える。「生まれ変わった」ような気持ちですから、全くの新しい気持ちで演劇や表現、芸術とも出会えるのではと言う事。もちろんそれが好意的な出逢いとは限らないわけ、それによってこのまま皆さまの前からフェードアウトする可能性もあるわけですが、その点も含めて「新しい」を楽しみたいと思っています。

 

そうですよ。人生は楽しむもの。そうですよね?


劇団、気楽と共に

昨日(3日)は劇団ミーティング。と言っても総勢でも3名しかいない超こじんまりである。(この時勢においては小人数はメリットである 笑)顔を合わせるのは私の一人芝居『孤影と接吻#4』をやった8月30日以来でその時は今後の事は一切話をしていない。『孤影と接吻#4』が転機になるという想いがあったから、どの方向に転がっていくかを待ちたかった。

 

タイミングが良いのか悪いのか―このブログにも書いたが、数日前に元劇団員の個展の中止の報が届いたので、まずはそれを情報共有し、元とは言え知人であり仲間である彼女に対して劇団としてまた個人として何が出来るかを話した。

 

それが済んでからの劇団の今後―3名しかいない状態は今後簡単には改善しない、を前提に何を出来るかを話す。私の持っていた案を話したわけだが、それぞれに興味は持って貰えたようだ。また、私がスケッチブックを買ったと言う事はこのブログにも書いたが、他の2人はもうずっと絵を描いている者で、そのうち一人は「今日、タッチペンを買った」と……今後に活きるかもしれない。

 


さて、このミーティングの結果、進む方向は決まった。しかし、まだそれを公表する事はしない。もう少し時間がかかる。転がる方向が決まっただけで、まだ転がり出してはいない。その時点で「こう転がっていきますよ」と言う人もいるだろうが、私はそう言うタイプではない。一つ、二つ、例えば演劇公演で言えば会場を押さえたり、台本を1/3程書けたり、少しでいいのだが転がり出した状態になってから「こう転がっていきますよ」を一段前の状態を公にしたりする。それは慎重と言うより臆病なのだろう。20年以上やっても、やっているからかも知れない。方向性だけでは実現できる出来る自信は全くない。

 

たまにあるのは、そんな自分にイライラして自分を追い込むために方向性だけを持って言ってしまう事。そういう場合は実現できない、なんて事はないのだがやはりどこか強引で張りぼて感がある。『孤影と接吻』の#3#4はその部類に入るものだ。それでもやった甲斐はあり、その張りぼての自分を認め、その上で……と素直に思える今がある。だから今は余分な力がなく転がっていく先を考える事が出来る。私にとって何が大切かを等身大で語る事が出来る。

 


互いをリスペクト出来る者―例え正しいとしてもそういう者も言葉でないと響かない。今はそんな者、気の合う者と心から純粋に楽しいと実感するを希望を持ってやっていきたい。「身内で遊んでいるだけ」という言葉も聞こえて来るだろうが、それは理解できる。私もかつてはそう言って来たが、気楽と共にすることが身内であるなら今は苦ではなく楽を優先させたい。そこに「迷子の遊園地らしさ」を光らせたい。


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