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心配、期待、愛情、恐怖、そして自立

全く記憶にはないが0歳時に肺炎で入院をしている。兄、姉と経験して来ての三人目、出産・子育てに"慣れ"のあった親にとっては想定外の嬉しくないサプライズ。入院した病院がちょうど父の同窓生宅の近くで、母はお風呂を借りたり仮眠をさせてもらっていたと言う。その家にも僕と同じとしての子供がいる。母の心情は理解できたとしても、自分たちも子育て真っ最中、その中で僕をサポートする母をサポートしてくれていた。「念の為、大きな病院で診てもらって」と紹介状を書いてくれた医師といい、実に素敵な大人たちに恵まれ私の命は繋がった。ただ、その事への感謝を示す為の話ではない。

 

そんな人生のスタートを切った私は当然に「心配される存在」として育った。事実、小学生の事はよく高熱を出し、そうなると最低でも三日は寝込む。余りにも当たり前の様に「三日間は寝ないとね」と言われ続けたので、当時の私は誰もが熱を出したら三日寝るものだと思っていた。なので小学校に上がり風邪で休んだ翌日に登校して来る同窓生を見て「なんで寝てないの?」と思っていた。

 

「心配される存在」それが私のポジション。末っ子だと言う事も手伝い母に甘えるだけ甘えた。母もそれを受け止めてくれた。「男の子は外で元気遊ぶもの」と思っていた父はどう接していいか戸惑った。兄の様に泳ぎやキャッチボールを教えることが出来なかった。全く教えてもらわなかったわけではないが質は問われなかった。"やれる"という形だけでOKだった。私は決して「期待される存在」ではなかった。だから憧れた「期待」。出来もしない事を出来る様に振舞い、"背伸び"をし、気が付くと「出来ない」「わからない」と口に出来ない子になっていた。かと言って実際には「期待される子」「応えられる子」になっていたわけではないから、自分の無能さを痛感する度に口を閉ざしていた。

 

「劇団員の愛情に対して不感」と言われるが、多分ここに起源するのだと思う。主宰として期待され、出来る人と憧れられたり、尊敬されたり……それは憧れて来たもの。それを手に入れたくて"背伸び"を含め必死にアピールをする。しかし所詮は憧れだけでしかなく「期待」には接して来ていない。実感もなければ「応え方」もわからず口と閉ざす……。

 

「心配される存在」として"心配"が「代表的な愛情」として認識してしまった私には"期待"に愛情を感じる事が出来ないどころか、自分の無能さを露わにする"恐怖"と言ってもいい。トコトン甘えん坊なのである。それを隠す為の主宰としての”自身に満ち強権的な”立ち振舞い……。

 

そんな思春期の様な自己分析をこの歳になって再びやっていた。そのきっかけは劇団員たちである。やりたいと宣言する事に一心になれない彼女たちが「なぜそうあり、なぜそれでも憧れを口にするのか?」に向き合えば、当然に自分のそれにも向き合わざる得ない。彼女たちの存在が私に機会を与え、教えてくれた。そしてそれが"役割"であったかのように、私の元を去っていった。

 

その置き土産が【11月16日】だ。それに最大限の感謝を込めて応えるには……と、怖いくせしてつい"背伸び"をする性を少し恨みながら考えた。その結果が共通の台本を元にそれぞれに一人芝居を再構成するというさおりとの競演【孤影と接吻 #2】だ。

 

 

彼女は公私のパートナーであり、ほんわかとした空気の中に優しさと強さを内包する。私は「心配される存在」であり「期待される存在」でもある。出会った時の彼女は"素人"だったが、20数年を共にし、すっかり"舞台役者"になった。その点に置いては私を越えている。しかし、まだある伸び代の未自覚やその反動の様な行動力に、彼女は「心配する存在」であり「期待する存在」であり、唯一無二の存在である。

 

その彼女との競演は何をもたらすのか?今は何も見えない。いや、見ようとはしない。「期待」は"恐怖"。得意ではない。ただ精神的にも肉体的にも変化の時を迎えている二人が"当り前"となっていた創作プロセスを捨て「個」として向き合う事で、心配、期待、愛情、恐怖、唯一無二の存在……"当り前"あるのではないと再確認出来るだろう。そして、それは互いの「自立」を意味し、より深く向き合う事に繋がり、それこそが今後の『迷子の遊園地』に必要不可欠な"チケット"になるのだろう……と、結局「期待」している(笑)

 

なぜ【11月16日】が置き土産か?それはまた別の機会に。

 

一人芝居集【孤影と接吻】#2
2019.11.16 SAT

[マチネ]15:00 [ソアレ]19:00
浜松Pops倶楽部
前売2000円 当日2500円 (1ドリンク付)

 

詳細・チケット予約
公演サイト https://maigo.link/koei/ 


固定化された自分を壊せ

先日、誕生日を迎え45歳になりました。今のところ44歳の時となんら変わりのない日々を過ごしています。ですが、きっと今後何かしらの変化を感じる日が来るのだと思います。

 

『年齢なんて関係ない』とは言いますが、そいうからには基本としては"関係ある"わけで、45年って決して短くはない時間ですから『自分という人間』が出来つつあるのだと思います。それは自分一人で作り上げたものではないので貴重なものですが、『自分らしさ』という言葉に惑わされることなく『自分らしさ』をこれからも探し続けて行こうと思います。

 

固定化された自分を壊せ―劇団ウェブサイトの「ワークショップ」ページにコピーとして書いたこの言葉。44歳時より少し強く、自分に向けられています。(あ、変化・・・ですね)


表現の自由さ

『予め用意されている自由』と『何かしらの抑圧の中から飛び出してきた自由』では性質が違うな・・・なんて事をぼんやり考えて居た時に【表現の不自由展 その後】のニュースが流れて来た。

 

以降、「自由」について考えるとそれは「表現の自由」について考えるになり、それは行ったり来たりな状態でなかなか先に進まない。しかし、このままフェードアウトは最も避けたいので、ここで"現在地"を記して置く事にする。

 

あいちトリエンナーレ自体はこのニュース前から知ってはいた。今は閉じたがツイッターの個人アカウントで津田大介氏をフォローしていたからだ。またラジオでもトリエンナーレついての情報に触れて来た。その時は多くは「出展者の男女比を同じにした」といういわゆるジェンダーに関する事柄が多かったが、いよいよ開催を迎えて・・・となっての今回のニュースである。ちょっと虚をつかれた。嗚呼、アカウント閉じなければよかった(笑)

 

芸術監督が芸術畑の者でなくジャーナリストという点は"違和感"と共に"独自性"を期待させるが、同時に"方向性"を事前に明示してしまう危険もある。特に津田氏の場合はその"色"は濃く示す矢印は太い。そう言った予断が生じるのは充分に想定できる上で【表現の不自由展 その後】を企画したのだから、津田氏や実行委員会の方々の覚悟は疑いたくはない。そこを疑う事は、芸術や表現に対する覚悟を持ち合わせなくともその地位に付ける、またはつかせてしまうというこの国の芸術や表現に対する無覚悟いや無関心を感じてしまう・・・それは余りに辛く哀しい。なので僕は「津田氏に覚悟がなかった」という種の批判はしない。僕は津田氏を批判するのであれば、それは『なぜ自分の"色"を"利用"しなかったのか?』という点だ。

 

今回の件で最もクローズアップされている少女像は作品タイトルがどうであれ、作者の意図がどうであれ、韓国国内はもちろん世界中の多くの場所に同種の像があり"戦時下における女性の人権蹂躙"を訴え、更にこの国では"従軍慰安婦"に関する韓国側の主張の象徴として認知されている。像の横に置かれた椅子に座る事で、またはその空いた席を見つめる事で、それまでの認知とは異なる一面を感じて貰えると信じての展示だったのだろうが・・・像の"色"もまた濃かった。

 

芸術監督の色、像の色、その他の作品の色、それらが相乗効果により一層色を濃くしていったのだろう。芸術イベント自体が独自の色と濃さを持つのは問題ではないが、観る者はそれぞれの営みの中で、情報に触れ、体験をし、想いを抱き、知識もあれば、先入観もある。会場外で既に感じている(感じる事が出来る)色をただ濃くするだけでは「独自の色」ではないし、観る対象の既存の色が濃ければ濃い程、それらを越えて異なる一面を感じさせる事は容易ではない。

 

異なる一面を感じさせる事は既存認識を壊す事である。にも関わらず既存認識をより強固にするような作品群なってしまった。その事が今回の問題の論点の一つである「あれは芸術か?政治活動か?」を生じさせたと感じている。仮に「津田大介」と聞いて思い描く"色"とは"異なる色"を持った作品が数点(もしかしたら一点でもいいのかもしれない)あったとしたら・・・どうだったろうか?(展示作品の選定は芸術監督でなく実行委員会が行ったらしいが、観る者にとってはどっちでも同じだ)「芸術監督がジャーナリスト」と同じように"違和感"を感じたのではないだろうか?そこに色濃い既存認識を越える"独自性"を感じる事が出来たのではないだろうか?作品を介してその場で思考と議論が行われたのではないだろうか?そして、それが意義ある事であればある程、思考と議論は会場の外へと飛び出し、社会に広がり、あらゆる"色の存在"に人々が目を向ける事になる・・・それこそが芸術ではないだろうか?

 

「自分の色を出す」と言う表現があるが、単に濃くするより反対色を使う事の方がはるかに効果的な場合は少なくない。一方で"多様性"を訴える津田大介氏であれば多様な"不自由"に目を向けて”自身の色"という"不自由さ"を越えて”表現の自由さ”を示してほしかった。残念である。

 

しかし、最も残念な事は・・・

 

「表現の不自由」を考える趣旨から言えば今回の中止は、それはそれで意義があった・・・という意見も読んだりしたが、それは違うだろう。展示中止を受けた作品を集め、中止になり、ね、不自由でしょ?では、それこそ既存認識のままだ。それこそ公金をどぶに捨てる行為だ。ましてや脅迫が中止理由なのだ。「ね、不自由でしょ?」では済ませてはいけない。

 


最初にも書いたが、まだまだ思考途中。いま考えているのは『"政治的言論の不自由"に対する意趣返しの道具にならない為に芸術が果たすべき事とは?』である。僕の様な無名な者が何かを考え、何かを言って、何かを行っても、大した広がりは無い。しかし無関心でいられるほど"勝手な"人間ではない。


 


ダサい事はしたくない〜アフタートークやりました

【孤影と接吻】では初めて「アフタートーク」をやったが、上演した作品についてそれを観た者に対してあれこれ説明するのは好きではない。だからこちら発信なんてそんな「ダサい事」はしたくないと思ってはいた。

 

始めに「なぜ一人芝居を、運営も含めて"ぼっち"でやろうと思ったか?」を話した。告知から本番までの間に何人に聞かれた事でもある。このブログにも書いた事(孤独な演劇人の"生き恥"を、いま)をまずは話して、続いて書いていない理由を話した。ここまでは「用意していた」進行で、ここから観客に委ねる事にした。「質問ありませんか?」特別珍しくもないこの一言が場を激変させた。

 

質疑応答にならなかった。僕に対してでなく劇団員に対して言葉を求める者、その中で観た作品ではなく自身を語る者、その決意に叱咤激励を送る者、それに噛みつく者・・・次々と展開していく。「藤田ヒロシ一人芝居のアフタートーク」でありながら全くそこと関わりない話題で盛り上がる。それをステージ上から観ている僕。なんて素敵なじかんだろうと嬉しくなったと同時に申し訳ないとも思った。『お金を貰っている側がこんな楽しい思いさせてもらって」と・・・。

 

そんな事を思っていると自分が標的になる質問が飛んできた。僕や劇団の事をあまり知らない人にとっては観た作品を入口にしないと、会場で椅子に座っているだけで参加している事にはならない・・・という事を理解してる者もいる。本当に素敵な客席で、いよいよ僕は好きではない事に挑む事になる。

 

しかし、そんな僕の個人的事情は些細な事だ。盛り上がった場の空気と言うものがある。当然その中に僕もいる。場に引っ張られるように、飲み込まれるように、作品について言葉を紡いだ。大半が想定してない事だったが、そこは自身の作品、言葉は出て来るものである。質問される事で考える機会を得られる。人が何に疑問や興味を示すのかを知れる。やはりこれもまた質疑応答では納まらない。会話であり対話。上演後に多くの人が残り素敵な"ショー"を作ってくれた。

 

試してみるものである。至極楽しい時間だった。十数年前にギラギラとした時に戻った感覚さえ生まれた。間違いなく僕が一番楽しんでいた時間。僕の作品の観劇という体験だけが唯一の共通項。そこから生まれた笑顔、涙、怒り、喜び。やはり自ら語るのは「ダサい事」だ。


一人と言う幻影〜一人芝居を終えて

"ぼっち"企画、初の一人芝居集【孤影と接吻】から一週間。ようやくこの想いをまとめられたので記す事にする。

 

『劇団員(元劇団員)に向けた・・・』という言葉を貰った。そんなつもりはなかったが、思い当たらなくもない。誰もいない稽古場では「向き合う誰か」を作りだす必要がある。○○さんとはならなくとも△△な人・・・自分の中に実像があるから思い描ける。全くの架空ではなく実態を知る者だ。

 

ここ数年生活範囲が狭くなり、視野が狭くなった自分では(詳しくは公演パンフレットを)その人物は自ずと「近い人」になってしまう。そこにはもちろん劇団員がいる。劇団から離れて・・・それを望んでの企画ではあったが、劇団を完全にナシとして今の自分が成り立つはずもないという現実もある。それを痛感した。自意識よりも作品を通して観客が感じ得た事の方が遥かに的を得ているものだ。

 

作品には自分の真実が投影される。仮にそれに抗ったとしよう。そして、それが出来たとしよう。それは「作品」ではない。少なくとも僕はそう呼ばずにこう呼ぶ。「ただの嘘」と。演技は嘘をつく事、上手な嘘。と表現したりする者もいるが、観る者は「嘘」では心を動かさない。表面的な(セリフ、舞台装置、照明、音響・・・)に嘘=(現実でないモノ)があったとしても、舞台に居る者の中に「真実」がないと観る者は心を動かさない・・・どころか、目を向ける事もない。

 

今回は一人になり120%の自分で作品に挑む事にしたのだから、自分が、その真実が現れるに決まってる。その一つが冒頭の言葉と言う事になる。ただ観劇は個人体験でもある。観る者の持っている情報、置かれている環境、纏っている日常、その日の体調・・・個々に異なるそれらを用いて、影響される。当然に感じ方も変わる。

 

冒頭の言葉は一つの真実ではあるが、だからと言って「好ましい」とは思っていない。そう言われた、その程度だった自分に失望もしている。だからそれを越えたいと思っている。その為により多くの人と、向き合いたいと思っている。生活の中でも、稽古場でも、劇場でも。

 

ツイッターで「新規の観客を得て行く為には・・・」みたいな方法論的な、思考のメモ的な物を見た。広報担当なら積極的かつ適切な情報発信や割引やグッツなどの仕掛けに興味が向くかもしれない。短時間動画とかも。しかし僕は創作者(それも不器用で頑固者)なので、「今どき感」を前面にスマートに・・・と打って出られない。いや出たくない。(天の邪鬼って言うのを付け忘れてはいけない)ならばそうする?答えは単純明快。作品を持って外に出る。観る者が待っているであろう、そうであろうと信じる地へ「外回り」に出るのだ。・・・などと思い、嗚呼やはり!と、認めないといけない真実に出会う。

 

僕はプレーヤーであり続けたいのだ。


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