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移ろう心と共に

大晦日だ、正月だと言ったって他の日と一体何が違うんだ。ただの「一日」ではないか!なんて事を言っていた頃もありましたが、人の心とは移ろうもの。やはり節目は大切。自分を返り見たり、自分を奮い立たせたり、と。歳を重ねるたびにその重要性を痛感し、だからなのか?毎年いろいろと起こり、見えてくるものがある。

 

2017年から18年にかけてのそれらは、嬉しい事あり、ムカつく事あり、頭抱える事あり、呆れる事ありと・・・それはまぁ、時期的に相応しく賑やかな感じ、ふと気を抜くと思考が完全停止しそうな位で・・・だから、ほんの少しの事でもとても救われた気持ちになることもあったりする。人のつながりって有難いし、温かい。

 

ある劇団員が「公演に向けて気持ち乗らない」とFBで晒したかと思えば、休団中のある劇団員が「必ずその場所に戻る」と伝えて来た。役を降りる者がいれば、すぐに準備を始める者がいる。去りし者の心を思わないわけではないが、そこに囚われていても何も始まらない。始まらなければ、何も知れない。去りし者の心も今闘っている者の心も知りたいから、始める。止まってなどはいられない。

 

歳を重ね、公演を重ねる度に自分の未熟さを痛感して20年。流石にもう現実離れした夢は描けない。たった10人にも満たない劇団をまともに維持できないのだ。それでもまだ存在している現実もある。それならば、その現実をもって最大限の夢を描こうと思う。

 

もう「夢」なんて言葉を自分の事として使うとは思っていなかったが・・・そう、人の心とは移ろうもの。やはり節目は大切。自分を返り見たり、自分を奮い立たせたり、と。


2018年―藤田ヒロシならびに迷子の遊園地をよろしく。

あ、忘れてた!今年は尖がっていくんで!
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空腹でいられる幸福を感じて

クリスマス・イブ。その前日に恒例の「チキンを食べる会」を開催して20周年の今年の劇団の予定も終了。

 

3月の「イケナイヨル-原罪」から始まり「回転木馬の残光」「影絵の夜会」「おかしな朝」と久々に演劇漬けの一年。成功も失敗も、出逢いも決別も、山とあって山と悩んで迷って、泣いて怒って・・・生きていると言う実感に満ちた日々。

 

来年は少し落ち着こうかとも思っていましたが、この”生きている感覚”とそこから来る”空腹感”はおさまりそうにない。だからこのまま生き続ける事にする。その点においてはもう”迷子”ではない。

 


20周年記念公演と銘打った「おかしな朝」で描いた想いは、そのままこの先へのモチベーションとなり、危機感となり、生きる理由となる。

 

その作品の”再演”をもって幕を開ける21年目の迷子の遊園地。更なる”自分探しの旅”へと足を踏み入れる。

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雪解カンガルー「座る」を観て

随分と日が経ってしまった。2週間か。12月3日にを観劇した。

 

「5日前に急遽のキャスト変更」という情報が飛び込んできた。キャストと言っても作・演出でもある。迷子の遊園地で言えば僕が出演不可になる状況。その中で「代役を立てて公演を実施する」という決断に正直驚いた。多分、迷子の遊園地では「中止」という選択肢を選ぶのだろうと思う。演出意図はその段階で十分に伝わっているだろうが、短時間で”グルーヴ”を共有できる役者を手配する事が困難だと思うからだ。

 

そんな状況下での公演だとわかっていたので、その背景に影響されることなく芝居に集中できるかどうか?自分に自信がなかったが、雪解カンガルーの作品は好きなのでそこは純粋に楽しみして座席に座ったのだが・・・。

 

セット、衣装・・・ビジュアル的には”らしさ”が溢れていたのだが、始めからずっと違和感がついて回る。その要因を”キャスト変更”という最もわかり易いものに求めてしまいがちになるがきっと違う。一つではない。色々・・・例えば台本と演技、ある役者の演技と別の役者の演技・・・ズレている。そんな感覚。それはほんの少しのことなのかもしれないが、それが連なって大きなものとなり、観るこちら側に伝わって来る。なので途中「一体何を観ているのだろう?」とわからなくなった瞬間が訪れたりした。

 

それが狙いだったのか?とも考えてはみるが・・・それぞれの役を演じてはいるのだが、互いに繋がり、影響し合い、物語や思いを紡いでいる・・・そうは感じられなかった。少なくとも、僕には。

 

だから、観終わって思ったのは「これがやりかたったのか?」「違うのではないか?」というその場に居れなかった作・演出への思い。それが当たっているのか?外れているのか?それはわからない。舞台は瞬間芸術。その時に生まれたものが全て。だけれど・・・いや、だからこそ再演とい形でもう一度「座る」を観てみたいと思う。

 


11月に1ステージを中止した身であり、この公演の背景を知り観た身としてふと頭をよぎった思い。「アマチュアという壁。それは立ちはだかる障害物ではなく、防護壁」そして「壁を突破らう覚悟はあるのか?」という自問。

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全ての者の作品となる

3月の「イケナイヨル-原罪」から始り「回転木馬の残光」「おかしな朝(浜松公演)」「影絵の夜会」と続き、今週末「おかしな朝(静岡公演)」でついに怒涛のアニバーサリーイヤーを締めくくる事になる。

何者でもなかった奴らが「私」と向き合い、問い、迷い、嘆き、時に見失いながら”まだ語られない希望”を探し続けた日々。”誰かの言葉、誰かの想い”を借りながらも辿り着いた「いま」。

立ち止まるつもりなどはさらさらないが、そでれも”現在地”がひとつの”答え”の様な気もする。20周年記念……その名に恥じない揺るぎない想いと作品。

此処まで来れた事を誇り、本当に心から観るべき作品だと言える。「これも観ないなど勿体ない」と言える。例え、客席に一名しかいなくとも、その想いは揺るがないだろう。観劇後に「こんなモノはなんの価値もない。チケット代を返せ」と言われたら笑顔で応えられる。そう思える作品。

「おかしな朝」これは僕の作品ではない。僕たち・・・これまで迷子の遊園地に関わった者たち全ての奴らの作品だ。稽古が始まった時から4名の者が去った。彼らの想い……問い、迷い、嘆き、”まだ語られない希望”……重ねた時間が短いから理解しているとは言い切れない。それでもなかった事には出来ない。だから、それすらも背負って僕たちは舞台に立つ。それが当人にとって迷惑なことだとしても、それが迷子の遊園地の流儀。

そして、観た者にとって「私」の作品となるであろう。

―主宰 藤田ヒロシ

時は流れた。迷子の遊園地旗揚げから20年。時代は変わった。破壊も革命も開放も時代遅れ。「私探しの冒険」などもう誰も求めてなどいない。ならば演劇は一体何を語るべきなのだろう?

旗揚げ20周年記念公演「おかしな朝」

[静岡公演]
2017.11.25(sat)-26(sun) あそviva!劇場

開演時間
[25日]20:00 [26日]13:00/17:00
※上演時間90分 ※開場30分前

料金
[前売]一般2000円/学生1000円
[当日]一般2500円/学生1500円
[アンケート割]1500円(前売のみ)
※全自由席
※学生…中学生以上 ※小学生以下の入場不可
※アンケート割…対象:2017年の公演(イケナイヨル‐原罪、回転木馬の残光)の観劇アンケートに氏名、連絡先明記でお答え頂いた方

チケット予約・詳細情報
http://maigo.link/okashina/

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20年かけて向かえる”朝”

この20年間で「大雨の本番日」と言うものがなかったが、20周年記念公演でまさかの「台風接近」。そう簡単に、易々と行かせてはくれない。何事にも”困難”は存在しているのだと再認識。

「おかしな朝」のまだ公演自体はまだ残っているので総括はできないが、残りの公演の為にも総括の為にも”いま”をまとめておく。

小屋入りしてから各役者の芝居が”変わった”。それもこれまでずっと求め続け、怒鳴り続けた(笑)方向へ。各自がバラバラではなく、同一方向へと”成長”を見せたのだ。やはり”成長”には”困難”が必要だと再認識。

公演前はいつも不安と期待、自信が入り混じる。今回は”旗揚げ20周年記念公演”と銘打った分、力も入り、意識も強く、いつも以上に混沌とした精神状態だった気がする。しかし、”書きたい事を書けた””表現したい事を出来た”という確信はあり、問題はそれが”届くのか?”という不安。

「叫ぶだけが演技なのか?」

過去に何度かこのような事がアンケートにあった。自身の答えは「ノー」だのだが、舞台上では確かに「叫ぶだけ」の演技がこれでもかっ!と言うほど展開されていた。細胞レベルで叫ぶ!感情の高まりを単に声に乗せて放つ!それだけ。抑揚など機微など無視して。もちろん、それでは真の演技ではないし、生きている人間ではない。しかし「心の底から叫ぶ」ことが出来もしないで一体他に何ができると言うのだろう?自身と相手役、空間、セリフ、音、灯り……目の前にあるモノに反応した感情に素直になれなくて、そこで自身を開放出来なくて、他に何ができるといのだろう。まずは「叫ぶだけ」だとしても、そこからだろう。と……それは、子供じみた「演劇もどき」に感じられたかもしれない。しかし、心と体を開放出来ないで”うわべのセリフ回し”の方が”もどき”であると確信している。舞台に立つ者としての、人前に立つ者としての基本も身につけないで”稚拙な技術論”で自身と客を騙そうとする行為など反吐が出るのだ。

もちろん、毎公演「真の演技」をもって舞台に上がる。それを観てもらうが理想だが、我々は”劇団”だ。”何者でもない者”が”役者”になってゆく様を晒す事も務めだと思っている。あえて”失敗”と感じたり”消化不良”をその者に感じたりさせる事も大切な経験だと思っている。

お客はお金を払う以上「完成された物」を求める事は重々承知している。だから批判は丸ごと受け止める。そして、その批判に時を越えて回答出来る様に「真の演技」を求め続ける。

それが今回の「おかしな朝」浜松公演で出来た気がする。少しだけど……そんな想いだ。ただまだ確信ではない。”何者でもない者”が”役者”とは何か?と理屈だけでなく、皮膚感覚として知り、その一端に触れた。そんな感じだろう。

その感覚を持って静岡公演に向かう事が出来る。これはもう興奮が収まらない。我々迷子の遊園地には「出来ない事」「やらない事」「自身の未覚悟」に対して”もっとのらしい理屈”を述べて自己保身をできる”器用な者”は存在しない。呆れるくらいに不器用で、足掻いて、足掻いて、失敗して、涙して……”何者でもない自分”と真正面から向き合って、演劇と真正面から衝突していく者だけがいる。(そうでない者は”去る”の一択)

20年かかった。それは長すぎるのかもしれない。でも、辿り着ける。「観に来なかったの?もったいない事したね?」そう言い切れる作品にする為、今一度自身の覚悟を問い、疑い、足掻く。

浜松公演、ご来場ありがとうございました。
静岡公演、お待ちしてます。

時は流れた。迷子の遊園地旗揚げから20年。時代は変わった。破壊も革命も開放も時代遅れ。「私探しの冒険」などもう誰も求めてなどいない。ならば演劇は一体何を語るべきなのだろう?

旗揚げ20周年記念公演「おかしな朝」
[静岡]11.25-26あそviva!劇場

開演時間[25日]20:00 [26日]13:00/17:00
出演:北澤さおり 藤田ヒロシ 宮本あゆみ 日浦カズトシ 水野史奈子 東桜子


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20周年記念【追加】公演
2018.2.11(sun) あそviva!劇場

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