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壊してこそ

時に観る側に”強いる”舞台がある。内容も、演出も、劇場空間も、決して”お気軽に”などではない。セリフのみでは解読できない物語と感情。身動きも呼吸も瞬きさえも許されないような緊張。当然にその客席に座るには覚悟が求められ、役者が演技をするという行為に対しての技術が必要なのように観客にもまた観るという行為に対しての技術が求められる。

 

先日観た「ドグラ・マグラ」もそうだったと言える。

 

そういう舞台が僕は好きだ。映画はそうでもない。ポップコーンとコーラを楽しみながら・・・と言うような作品も好きだ。だが舞台はそうではない。観せる側、観る側の間にある種の”闘い”が存在し、互いに”試されている”という緊張感。それがあってこそ舞台作品。それは原点であり、目指すべきものである。

 

とは言え、それが”苦手”という人も当然存在する。むしろこちらの方が多数であり、だから「お客を増やしたい」のであれば、”強いる事ない作品”を選択する事は理解できる。分母が大きい方を選択するのは常套手段だ。

 

しかし、僕にとっての舞台が”強いる作品”である以上、そうでないモノは舞台でも演劇でもない。仮に【”強いる”事ない作品にすることが近道】を選んで、集客力アップしてもそれに対して喜びようがないのである。

 

もちろん自らの思う舞台作品で観客が増えることは望んでいる。だから必要な情報は発信するし、ネット頼りの広報はしない。手間も暇もかけ、汗もかく。でもノベルティーなど作らない。チケットの値段も下げない。何かで釣ったり、自らその価値を下げるような提示はしない。名が通った者ならばそれは”特典”にもなるだろう。しかし”未だ成し遂げていない者”がそれに手を出したら「これ以上、作品力ではどうにもならない」という宣言のように思う。集客ー何はともかく”作品に完成度”だと思っている。突きつめて突きつめて突きつめて突きつめて突きつめて・・・真に力を持った作品は、観る者の趣味趣向を、理屈を越えて受け入れられるもの。真に感動をすれば人は誰かに話したくなるものである。

 

”間口は狭い”と理解しているが、その上で多くの人に観てもらい。多くの人に酷評され、絶賛されたい!

 

「この街では・・・」と、口にするくらいなら、迷うことなどない”この街”なんて捨てればいい。
「アマチュアでは・・・」と、口にするくらいなら、迷うことなどない”アマチュア”なんて捨てればいい。

 

迷子の遊園地は「劇団」であり、それを主宰する僕は「演劇人」だ。「馬鹿だ!」と笑われてナンボ。”固定概念”を壊してこそ存在意義があると言うものだ。

迷子の遊園地オフィシャルサイト

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