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【孤影と接吻】公演パンフレットより

農業に携わる様になって5年が経った。それまでのオフィスでPCに向き合っていた生活とはまるで変わって、早起きになり、陽射しや雨、風、季節の変わり目を文字通りこの肌で感じる生活だ。自分がこの自然の中の一部である事を感じる生活だ。


その一方で極端に人と接する機会が減った。【人間嫌い】という資質を持つ身にとっては、それが心地よかった。毎日固定された数名の人間としか言葉を交わさないし、顔を合わせない事で人間関係に神経を疲弊されられる事がなくなった。


このまま心穏やかになり、演劇など創作をしなくても生きていけるかも知れない。


その予感は確かにあった。しかし見事に外れた。自然の一部である自分を感じる一方で、人間社会の一部であるという感覚が薄れて行くのを感じた。毎日固定された数名の人間としか言葉を交わさない事で、不意に訪れる"その他の人"との会話で即座に言葉が出て来ない。"いつもと違う"が楽しいではなく煩わしいとなっていく。広く視界の開けた田んぼの真ん中に立った僕の視野は、古い監視カメラの様に画角が狭く固定されていた。


このまま自分が狭く固定されれば、演劇など創作をして生きられなくなるかも知れない。


その予感にこの身が震えた。【寂しがり屋】の資質をもつ身にとっては、たとえ煩わしくても人と人の間に居る事で生きていけるのだ。ココ最近の自身の作品に自分が不満を持っていた理由を、その全てをこの環境のせいにする事は出来ないが何かの変化を起こさないと、本当に終わってしまうと言う危機・・・いや恐怖に震えたのだ。


追い込まれると行動は早い。(追い込まれないと動かない)と、言う事で約四半世紀振りにコンビニのレジに立っている。性別、年齢、職業、趣味、志向・・・多種多様の人間と接点を持つ事でまず"ストレッチ"から始めようと思ったのだ。


この行動は当たった。多くの言葉を重ねているわけではない。週に数時間だけだが、見えなくなっていた"右端"や"左端"を再び感じ始める事が出来た。良くも悪くも日々心が動いているのを感じる。イライラするし、ムカムカするし、嬉しいし、楽しいし、悲しい。それは自分の中で生まれる感情だが、それを生み出すのは自分でない。当たり前を実感している。独りでは何も生まれないのだ。今回の【孤影と接吻】はその事を痛感する為の"ストレッチの仕上げ"である。

 

藤田ヒロシ


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