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日常を生きて行く

自主公演で自分が主催者(責任者)の時とは質の違う腹のくくり方が求められている気がしています。

 

演劇とは、芸術とは社会が困難に直面している時こそ「在り続ける」事こそが使命と言うか意義なのだと思ってきました。困難の時に「そんなもん誰が観るかっ!」という方もあるでしょう。「今ある困難は質が違う」という方もいるでしょう。

 

ごもっともです。だから何もしないで今を乗り切り、未来を手に出来ると確信が持ているなら、何も動かずじっと、ひっそり…時が過ぎ、時が来るのを待つでしょう。

 

しかし、やはりそうは出来ない。それが身勝手なのか?癖(へき)なのか?それはわかりませんが、困難を目の前にして僕はなお未だに「日常であろう」としています。そのことは目の前のことに背を向けているのではなく、冷静にそれらと向き合おうとする姿の一つ…そう信じています。

 

パン屋さんがパンを焼き、魚屋さんが市場に仕入れに行き、美容院が洗いたてのタオルを用意する。それらの店が"いつものように"開くことで社会が、街が、人々が生きて来た。

 

その中に僕もいる。と、思って来た。しかし、それは幻想かもしれない。演劇人が稽古を重ね、劇場に向かい、幕を開く。それは人が生きている営みとして受け入れられていないのかもしれない。所詮は河原乞食…だとしても、僕は此処に存在し、稽古を重ねている。どうしても自分が無価値とは思いたくない。そして…

 

どんな店も、劇場も、開いたからと言って客が来るとは限らない。人々にはそれぞれに優先すべき日常がある。パン屋にも魚屋にも美容院にも行かない人はいる。それでいいし、それが日常的だ。だけれど、閉まっているは哀しいし、寂しい。自分が行く行かないの問題ではなく、「街の中にいつも開いている場所」があるという日常が必要だ。

 

今はそんな想いをじっと静かに信じています。

 


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