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5月 大好きな人 ― 朗読劇・DOZEN 2ndより

5月。と言う事で「朗読劇・DOZEN 2nd」(2011)からこちらを

 

5月 大好きな人


朝起きたら、父親がいた。テレビを見ながら、納豆を混ぜているその姿に、彼女は声を出して驚いた。もちろん、自分の家なのだから、いて当然なのだが…5月3日という日がそうさせた。
ゴールデンウィークのこの時期、この街では全国的にも有数のお祭りが開催される。『お腹にいる時から祭りに参加していた』が自慢の父親は、当然祭り。ほとんど家にいない。しかし、今年はその祭りが「中止」となり、家にいると言うわけだ。
「せっかくだ。たまにはみんなで出かけるか?」
食事を終えた父親が、誰に向かってというわけでもなく言った。彼女はそれを無視したが、今度は明確に彼女の背中に飛んできた。
「予定あるから」
彼女はあっさりと返した。
そして、舌打ちに続いて、
「いったい何して過ごせばいいんだよ」
その声が、リビングに響いた。
 
みんな行くところがないのだろうか?そう思いたくなるほどに、ショップモールは人、人、人。自己主張しないと入りたい店にも入れない。曲がりたい角も曲がれない。そんな感じだ。でも、彼女にはそんなことも、全然わずらわしくはなかった。デート。そう呼んでいい。彼女は思っていた。
彼とはこれまで食事はしたりして来たが、いつも学食か近くのファミレス。そこで授業や共通の知人の話をして、終わり。家まで送ってもらった事もない。彼から誘ってきた事もない。
正直なところ、今日は買い物なんてしなくていい。彼に言ったように「週末、高校時代の友達と集まる」というのは本当だが、その為に服を新調する必要はない。そんな“競う”間柄でもないし、“演出”する必要のない集まりだ。でも、それを“理由”にした。
だから、適当にいつも廻る店をぶらぶらして“今日はいいのなかった”とするつもりで、その後にどこかで食事でもでもできれば…と思っていた。しかし、洋服を目にすると“モードに入る”ものである。今は真剣に洋服を選んでいる。
 
最初に試したのは彼女の“定番”「赤のチェック柄」。それを見た瞬間に、コーディネイトも髪型も含め、一瞬にして脳裏に浮かんだ。だが、今はいている黒系はそれがない。身につけてみたものの、浮かんでこない。
「やっぱり赤かなぁ」
彼女は試着室のカーテンを少し開けた。“彼に聞いてみよう”と思ったのだ。
最初に目に映ったのはスカートを選んでいる親子。視線をスライドしていくと彼がいた。口を強く閉じて、目に力がこもっている。眉間にしわこそ寄っていないが、怒っているように見える。彼女は声をかけるのをやめ、振り返ってもう一度、鏡の中の自分を見た。
幼い…着ている洋服のせいもあるだろうが、彼女は二十歳には見えない。それがコンプレックス。友達の中には“いつまでも十代で通ってうらやましい”という者もいるが、それはないものねだりという物。彼女はその友達の大人びた姿がうらやましい。そのくせ、結局こういうお店で洋服を選んでしまう、そんな自分を捨てることもできない。
「いかがですか?」
カーテンの向こうから、店員の声がした。
「あっ、もうちょっと…」
彼女は反射的に応えた。
例の友達が着ているような、大人の洋服は似合わない。かえって自分の幼さが強調される。でも、いつも同じ赤系じゃいつまでたっても変わらない…そう、本当は変わりたい。
 
その時、彼女の携帯が鳴った。短い着信音。メールだ。
「夕ご飯はどうするの?」
と、母親からだった。
彼女は夕食を外で食べる時には、事前に言うか、決まった時点で必ず連絡をしている。帰りの時間は言わなくても、それだけは欠かさない。母親が晩御飯を作って待っているにも関わらず、遅く帰ってくるなり「風呂入って、寝る」という父親を…「わかりました」とだけ応える母親を見て来たからだ。
でも、今日はそれを忘れた。“そのつもり”でいるけど、先が見えない、読めない不安があったから…そして朝、父親がいたこともきっと無関係ではない。
ふと、彼女の脳裏に母親の言葉がよみがえってきた。
父親は遅く帰ってきて食事をしない時、決まって機嫌が悪そうだった。ムッとした感じで、冷たく言い放つ。そのことに対し、彼女は一度、母親に言った事がある。
「自分が勝手に外で食べてきて、なんで父さんはあんな偉そうに…母さんが怒っていいと思うよ」
その時、母親はニコニコして返してきた。
「父さんは“悪い”って思っているのよ」
彼女には、さっぱり意味がわからなかった。“自分が悪い”そう思っている様子は、彼女には1ミリも感じられない父親の態度だった。しかし、母親はそれこそが、そう思っている証拠なのだと言う。
「父さんは困ったり、照れたりするとまるで怒っているみたいな表情になるの。きっとそういう気持ちを素直に出せない。“どんな顔していいのかわからない”のね。そういうのが男の人のプライドって言うのかしらね」
 
男の人のプライド―正直、彼女には未だにそれは理解できない。一生できないかもしれない。でも、母親には自分には見えない父の姿…思いが見えている事だけは理解できた。
風呂入って、寝る―父親の顔が浮かんだ。カーテンの隙間から見えた彼の顔が浮かんだ。同じなのだ。父親と彼。気が付いた。自分の大好きな人だから、同じなのだ。
彼女は、カーテンを大きく開けた。


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