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「お父さん」って誰だろう?

8月10日は【迷子になった日】つまり迷子の遊園地の旗揚げ記念日だったのですが特に劇団として何かをするわけでもなく、私は夜になり"Zoomを介して石井萠水一人芝居"【藍色の海】を観た。そこで、この作品について……と言うより、観て考えた事を書こうと思います。


物語は娘が父親と話す体で進む。始めは離れて暮らす父娘がオンラインで食事会をしているかのようでいて、実は事故に合い意識にない父親に一方的に話していると言う事になる。それも「看護師から"何でもいいから話をして"言われて」だ。そこから娘の父親に対しての恨み節となっていく。が、突然に言葉が父親ではない方に向く「そこで観ているアナタ達」「父親なんていないよ、さっきからずっと」と……。これ以降、娘は「お父さん」ではなく「あの人」と言う。看護師から言われた事の予行練習か?実践しなかった"言い訳"か……アナタ達=私たちに話しているのだ。

 

あの人―この言葉で特定の人を表そうとする時の心理に"無関係にしたいけど出来ないが、せめてどうにか1ミリでも遠ざけたい"という事があるだろう。そして"より抽象的な表現であるが確実に特定の人間を指すという事で浮き彫りになる拘り"が見えて来る。

 

私自身にも覚えがある。家族と言うのはそう言うものだ。日常的な関わりがかろうがなかろうが家族として繋がっていて、例えは会社の上司、恋人との関係のように退社や別れで"はい、切れた"とはならないもの。私の場合は……もし自由意思で関係を持つか否かを選べるのであれば確実に持たないを選択する。ならば拘らず、求めず、"親と子""兄と弟"という個人名なき記号化された関係に終始しようと決めた。だから"あの人"とわざわざ表す必要はない。

 

しかし、この【藍色の海】の主人公である娘=藍瑠<あいる>はそうではない。この先、もしかしたらそうなるかもしれないが現時点ではそうではない。8歳の時に母親を亡くし、その後20年近く父親と二人。父親はまともに仕事をしない。にもかかわらずタバコを吸い酒を飲む。当然に貧乏。「遠足のおやつも買ってもらえない」「藍瑠のお父さんいつも家にいるけど何してる人?」子供の小さな世界では絶望と言える経験をして来た。それでもそれをまともに正面切ってぶつけられない娘。それは心配させまいとする健気さでも気遣いでもないだろう。言ってもどうにもならないという諦め。なのだと思う。

 

嗚呼、可愛そう!なんて親だ!と思うのは簡単だが、私はどうもそうなれない。

 

「そこで観ているアナタ達」……それ以降の"あの人"……それは本当に父親なのだろうか?つまり小さな藍瑠に諦めを教えてしまったのは父親なのだろうか?父親"だけ"なのだろうか?

 

高校中退して家を出た藍瑠が男と別れ返ってきた時、彼女は妊娠をしていた。その事を知り"あの人"は「それじゃ孫の為に俺も働かないとな」と言って喜んだと言う。「転勤になったから家を出る」と言うと「お祝い」と言って藍瑠に口紅を送ったと言う。私にも覚えがある。普段はなにも構っていないが、ココって時にそれらしい事をしてみせる。そうやって帳尻を合わせようとする。格好つけてそういう自分に酔っている。

 

しかし、いつ来るか?めったに来ないココって時にだけで関係を築こうとしても上手くはいかない。上手くはいかないから日常的な関わり方がよりわからなくなって、何も言えず、何も出来なくなる。そして孤独になり、孤独にさせる。

 

嗚呼、可愛そう!藍瑠ちゃんは独りじゃないよ!と言うのは簡単だが、私はどうもそうなれない。

 

画面のこちらと向こう。リモートによる距離感の錯覚。近いからか?遠いからか?藍瑠の言う"あの人"とは事故に合い意識のない父親なのか?それともこれまでの彼女の人生の中で見て見ぬ振りをして来た……その意識さえない人々なのか?

 

最後、藍瑠はカメラを鏡に見立ててメイクを始める。そして、最後に「お祝い」として貰った口紅を手にし、無言でそれを唇引き、上下の唇を合わせ、それをパッと開く。簡単には説明できないから言葉が紡がれ、何かが結実した時に言葉が終わるのならば最後に藍瑠の中には何が結実したのか?

 

何だかんだと言っても"切れない縁"で"拘る"関係なのだから、例えズレズレのであっても愛情は愛情。と、それを受け止めた。のかも知れない。だとしても私にはそれは"今日のところは"としか思えない。藍瑠が話たのは父親と二人になった20年の前半分の時間だ。まだまだ言っていない、言えない事を内包していると感じた。

 

もしかしたら口紅に込めた"あの人"の想いなど無関係に「口紅は口紅でしかない」と「あ、この色たまにはアリかな」と、引いただけかもしれない。だとしたら、その口紅がすり減りなくなるその日まで言葉を紡ぐ夜は繰り返されるかもしれない。いつの日かそれが"会話"となる夜が来るのか、それは既に永遠に叶わない事となっているのか?

 

その答えはわからない……というか、これから考え続ける楽しみが残されたわけだが、「藍瑠さん頑張って」「幸せを願ってる」とは流石にならない。そんな風に彼女を無関係の遠い存在に追いやって、自らの幸福を確かめる……とはならない。「傍観しているだけの者に幸せを願ってもらうほど不幸だって?誰が決めたんだよ!」って睨まれそうだ。どアップで、それはキツイ(笑)

 


いま、最後に言える事といえば……私自身、ココって時ではない時の会話を大切にしたいと思う、だ。

 


素敵な作品をありがとうございました。


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