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わからない私とはだかの王さま

当たり間の話だが、私にはわからない事が多い。だから、わかろうとしてみるが、やはりわからない事が多い。それでいい事柄もあるだろうが、それでは駄目と言われる事もある。それでも私にはわからない事だらけだ。

 

それなのに、わかっているフリをする。フリをするならまだいいが聞きかじったもっともらしい事をあたかも自身の探求の結果として語る。さならには、それを聞いた者がそれをうん、うんと頷くのを見て高揚し、また聞きかじった事を自慢げに語る。 

 

当たり間の話だが、私にはわかってはいない。だから、わかっている者からすれば、それは透けて見えている。それでいい相手もいるだろうが、それでは嫌な相手もいる。それでも私は透けて見られている。

 

それなのに、見えていないフリをされる。フリをされるならまだいいがそれをいい事に私は私を過大評価する。しかし、それこそが見えていないフリをする者の狙いの一つなのかも知れないとも思う。

 

わかっている者は私の半端さ、空っぽさを熟知しているがそれを指摘したところでそれは意味のない事だと思っているのだろう。そんな事をして弱き愚か者を貶めても自分に利のない事も私に利のない事も双方の周りに居る人に利のない事もわかっているのだろう。だから、聞きかじったもっともらしい事をあたかも自身の探求の結果として語る私を「ああ、またやらかしてるね」と思いながらもうん、うんと頷いてくれているのだろう。そうやって高揚してゆく私の精神を優しいまなざしで見つめてくれているのだろう。そう思うと、これまでの事が幾つか、いや多くの合点がいくのだ。

 

その最たるのが、己の言葉をを持たず、客観的な実績も評価も持たない素人同然の私がこれまで20年以上にわたり劇団主宰者を名乗る事が出来たことだろう。きっと、短期間で去っていた者は他の者が見えていないフリをしている事に我慢ならず、何よりそれを知らないで高揚している私に我慢ならずに去っていたのだろう。その事に落ち込む私を見て、残った者はまた見えていないフリをしてうん、うんと頷き私を高揚させようとしたのだろう。そうする事が迷子の遊園地という自身の大切なものを守ることだとわかっていたのだろう。

 

そう考えると、先日の朗読配信で私が「はだかの王さま」を読もうと思ったのも、例えそれが青空文庫を適当に眺めていて決めたのだとしても必然の事のように思える。

 

あの物語に登場する人物たちの中で私が最も遠いのは「詐欺師」だ。それは人を騙す事がないからではなく、耳触りの良い言葉にすぐに騙される側であるからだ。または「王さま、はだかだよ」と見えたままを口にした少年。彼もまた遠い存在だ。自分の見たものを素直に信じられる素直さは持ち合わせてはいない。もし私があの場にいて肌着姿の王さまを見たとしても、まわりの人々の様子を伺い、自分の取るべき行動を探りそれに従っただろう。確実に私は騙される側の人間。つまり、地位を失う事を恐れた王さまであり、家来。バカだと思われたくない町の人々だ。

 

記憶の中では「この布はバカでは見えない」となっていたが、今回読んだ大久保ゆう 訳では『自分にふさわしくない仕事をしている人と、バカな人にはとうめいで見えない布なのです』とあった。私はどちらか?と、それは考える必要はない。どちらもなのだ。ふさわしくない事しているバカであり、バカであるから自分のふさわしいがわからないのだ。と言う事は、自分にふさわしくない仕事をしている人と、バカな人は同じ事を言っているのでは……と思ってしまうが、一体バカとは何者を指すのだろう?

 

人はそれぞれに出来る出来ない、高い低い、優劣はある。劣=バカとしたくなるが、そうではないと思っている。私は自分の実態が何処にあるかを把握していないのがバカだと思っている。故に高い能力を持ちながらもそれに自らが気付かずにいればそれはすなわちバカなのだ。

 

例えるなら、何段の跳び箱を飛べるかという事に対し、6段跳べる者が「4段位です」と下に見積るのも「10段飛べます」を上に見積もるのもバカだと言う事で、3段までしか跳べない者が「3段です」というのはそれに当たらない。下に見積もれば失敗はしないだろうが7段に挑戦し成長する機会は得られないし、上に見積もればホラ吹きだ。3段であればそれを素直に認めて受け入れる事で4段目へ向かう機会とヒントに出会う事が出来るのだから、確実にステップアップしてゆく可能性を十分に持っている。決してバカではない。

 

つまり、私は6段しか跳べないのに「10段飛べます」と言い放つバカであり、それがばれないように有りもしない服を着こんで「王さま」気取りであるという人間になる。ただ物語と異なるのはそれに気付かずに「自分はバカだから見えないだけなのだ」と思う者が私のまわりにいるのではなく、「王さま、はだかですよ」と真実を口にした所で国が混乱するだけで利がないことを知っている賢者に囲まれていると言う事だ。故に、私が幾ら嘘や虚勢を見せても、賢者相手に騙しを打てるはずがなく、私は詐欺師からは最も遠いと言う事になる。

 

 

実はこの「跳び箱の例え」は私が良く稽古場で話す事であるが、それもまた、何処で聞いたかはもうすっかり忘れてあたかも自身の探求の結果と思い込んでしまっているが、聞きかじったもっともらしい事の一つだろう。


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