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何を食べ、何を吐き出している?

去る1月17日に「はままつ演劇・人形劇ファスティバル2013」のインベントの一つ「天使は何を食べている?」を観に行ってきた。
予備知識なしに行ったので、スタッフワークのイメージのない人がスタッフに、以前自分の作品に出た人が出演者に、それぞれクレジットされていて驚く。(連絡くれればいいのに。←嫌われているんだよ←あぁ)平日の夜であったけど、自分が会場入りした時には満席。急遽椅子が足された。

【詩の朗読と、音楽の演奏と、写真のプロジェクションを融合させた、実験的パフォーマンス】

と、うたわれちゃうと期待する。自身も「朗読劇」を3作品作って、そのハードルの高さを実感しているだけに興味が湧く。ましてや「SPAC演出家」「県内作家の競演」「フェスティバル参加団体の役者陣」となると”期待”と”反感”をしっかりと抱え込んで対峙しなければならない。

そんな”敵意にも似た覚悟”をサラリとかわすかのように長い前説で始まった。「はままつ演劇・人形劇〜とは・・・」みたいな話から始まり、どういう創作背景を持ったイベントかと・・・予備知識なしで「何が出てくるか楽しみ!」的な興味は激減。
「この会場、自分たちの公演に使えないかなぁ」などと、照明の種類や数をチェックしたり、レイアウトを脳内シュミレーションしたりして、その内ようやく本編の幕が上がる。

舞台の中央上部にスクリーンがあり、そこに写真が投影される。その下に朗読者が座る。下手にはピアノをはじめとする楽器が用意され生演奏をする。(楽器はいくつもあるが演奏者は1名)

朗読と演奏と写真・・・同時に展開はされていたけれど融合はしていなかった。それぞれに存在感は出していたけれど、一つの方向に向かって訴えていた感じは、残念ながら受けなかった。これは全くの想像でしかないが、この三者が意思疎通を重ねて創ってきたものではない。そんな気がする。5名の書き手によって書かれた詩(もしくは散文)を、それぞれに読み、それそれのイメージで創り上げた。そんな感じのするパフォーマンスだった。確かに”実験的”ではあるが、すり合わせも無いままに「せーの、ドン」と・・・そんな感じ。特に写真の見せ方は残念。これも想像だが、プロジェクターで投影して次々に写真を展開していくという表現手法に慣れていないのだろう。それに、作品全体の中で”写真”という要素の役割を理解していなかったのではないか?そんな迷いが透けて見えた。(陳腐な合成写真以外は)写真個々としては”美しく”て”残酷”で”儚く”・・・素敵であったのに・・・ホント、残念。

視覚を奪うものがそんな感じだったので、気持ちが悪くなり(吐き気とかそういう意味ではない)集中できず、内容なんて頭にも心にも響いてこなかった。”目を閉じて聴く”という選択肢もあったが(実際に少し試したが)それはそれで”写真、可哀想じゃん”と・・・。演奏者も朗読者も人前で見せる聞かせるパフォーマンスが基本であろうから、そうではない写真という要素にもう少し気持ちを向けて”作品”としてまとめてほしかった気がする(・・・って、これまた想像ですが)

それと、書き手も可哀想かなって。このイベントの為に書き下ろした作品であるようだから、その思いをしっかりと飲み込み、消化した後に丁寧に吐き出してほしかった。憧れも嫉妬も愛しさも悔しさも希望も絶望も綴られていた(はずだ)。吐き出してほしかった。

でなわけで、『一度も自殺を考えたことのない人間が、今目の前で死のうとしている人間に”自殺はいけないよ”と単に繰り返している。を、恋人を待ちながら傍観している』そんな時間でした。

1月26日には「ファイナルイベント」があるそうです。
はままつ演劇・人形劇ファスティバル2013
迷子の遊園地オフィシャルサイト

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